気まぐれの日記

生きてるだけで褒められたい学生の独り言

いじめっ子の話

中学時代、クラスメイトを中心とした同級生の人達にいじめられていた。暴力とか目に見えて大きなものでは無かったけど。授業中にクラスメイトから罵倒を浴びせられたりとか、近づくな汚れる、みたいな扱い受けたりとか。言葉にしてみれば本当に大したことないんだろうなって自分でも思うレベルのそれらを受けてた。でも、幼い自分には本当に辛いことで今でもそこで受けた全否定とか非難とかが頭にこびりついて離れなくて、何事にも自己否定的で死にたい自分の糧になってるんだって分かる。

そんな消えない傷をつけてくれたいじめっ子の1人が今でものうのうと生きてることを親づてに聞いた。そりゃ死んでたりすることは無いと思ってたから想定通りだけど、なんの罰も与えられず生きてるんだなって。そういう人って、いじめた過去すら忘れてるのかな。それとも、それを覚えた上で全く気にしないのかな。覚えてて罪意識もあるのかな。

自分で言ってて分かる。1番最後だけは絶対にありえない。むしろ、そう思ってるとか言われたら許せない。謝罪の言葉もなしに罪意識なんてふざけ過ぎてる。本当に馬鹿馬鹿しい。こんな過去に囚われてる自分が。こんなことのせいで(あくまで要因の1つだけど)死にたいって思想が頭をちらつく自分が。本当に馬鹿馬鹿しい。

自分が何か悪い事をしたから非難を浴びるのならまだ良かった。でも、実際は根も葉もない噂をデマとして広げた奴がいて、それを全員が疑うことなく信じきったことから始まったいじめ。誰が得をしたんだろう。死んで欲しいとはもうさすがに思わない歳になれたけど、せめて苦痛は身をもって知って欲しい。

私が死んだらこの苦しさからも解放されるのだろうか。そんな昔のことですら私を蝕んで苦しかったことを気づいて貰えるのだろうか。