気まぐれの日記

生きてるだけで褒められたい学生の独り言

登校・楽しむ価値

大学へ行った。大学通えない事を言ったら面談してくれるって先生に言われて、話聞いてもらった。授業の最終ゴールは変わらないし、私と同じような状況の人が他にもいて、その人はもっと酷かったが、今は改善してきている。それを期待するか、来れそうなら今から頑張るか。

相談と言えどあくまで1授業の担当者、それが頭の中から欠落していた。何となく、もしかしたら何か変わるかもって期待しちゃってた。授業出られそうだったら是非、と話を切り上げられた。外で1人になったら涙出てきた。もちろん授業なんか受けられない。むしろ、今日は行けそうな気がしていたのに、今となってはもうずっと行けないような気がしている。

辛いことと向き合って逃げる癖に、怖くて死ねない自分が本当に恨めしい。

 

前回の話の続き

楽しむだけ楽しんで大学は ばっくれるわけ?と母に言われたやつ。少し考えながら歩いていた。楽しむことだけで生きていけないのは確かにそう。だから、反論なんてできない。逆に、楽しんだら辛いことも乗り越えられるのかなって考えた。ライブ見て盛り上がったら、辛いこと乗り越えようと思えるのか。自分の大好きなものを食べたら、ドライブでリフレッシュしたら、それを糧に、若しくは褒美にしたら辛いことは乗り越えられるのか。

答えは否。実際そうだった。今日だって、温泉に連れていってもらった。気分もすごく上がってやっぱり今日は大学行けるんだと思った。でもやっぱり、最後には現実突きつけられて逃げてきた。

それなら、もういっそ楽しんでも怒られて辛いだけだから楽しみもなくていい。寧ろ、楽しみが私にとっては悪いことだ。彼さんはきっと勇気づけてくれる。素直に、喜んだりしても良いのだろうか。